朝ドラ「らんまん」と第二回内国勧業博覧会

朝ドラ「らんまん」はもちろん史実通りではないがなかなか面白い。次回は、明治14年(1881)開催の第二回内国勧業博覧会に造り酒屋の当主として日本酒を出品するため上京するところが描かれるようだ。
実際には、このとき19歳で、顕微鏡や書籍を購入するため上京し、内国勧業博覧会の見物のほか、文部省博物局に田中芳男、小野職愨らを訪ね、日光などで植物採集し帰郷する。

ところで、この第二回内国勧業博覧会には、旧長府藩士三吉慎蔵の娘登茂(トモ)もレースの勉強中のため出かけている。
なおこの時は三吉慎蔵は宮内省に出仕し、北白川宮能久親王の御附を勤めていた。第二回内国勧業博覧会の事務総裁は北白川宮能久親王なので、御附である三吉慎蔵は事務方の長として励んだに違いない。02_18_20191205-160259.pngTokyo-Ueno-Park-National-Industrial-Exhibition-Museum-Hiroshige-III-1877 (1).png

内国勧業博覧会の様子を『三吉慎蔵日記』から拾うと、

明治13年3月26日に、博覧会事務総裁に北白川宮能久親王が任命される。
            陸軍中佐三品能久親王
  内国勧業博覧会事務総裁被
  仰付候事
     明治十三年三月二十六日 太政官

明治14年3月1日に、博覧会が開催され天皇陛下がお出ましになる。
一 博覧会開業式被為行
  聖上行幸北白川宮総裁に付、御祝文御読上直に
  聖上へ御奉呈終て
  聖上より之御答弁北白川宮へ御直に被賜候事
  此日宮御附之儀を以て拝観証持参し御場所へ出頭す
  十一時前相済退出す
  右御式無滞被為済候儀を以、宮殿下より酒饌料を頂戴す

明治14年5月8日に上野美術館にて北白川宮主催の宴会があり、慎蔵が宴会事務方を務める
一 今般大日本博覧会御総裁北白川宮御勤に付、本日上野
  美術館に於て午前第十時より御宴会酒肴被下候に付、
  副総裁(佐野常民)始め諸委員中へ拝謁に付出張致し、
  夫々御引合之儀取計候事
一 御酒肴折詰にして御盃添五百二拾人
  酒饌料菓子添二百五拾人
  右御招請案内状当日各名へ引合等総て取計方被仰付候事
  右に付金二千円特旨を以て北白川宮へ下賜之事

明治14年6月10日に博覧会賞牌授与式が天皇臨席のもと行われる
一 内国博覧会賞牌授与式に付
  行幸 総裁北白川(宮)能久親王
  右に付登茂女事レース製造伝習中に付、本日御式場へ参集す

なお、私の曽祖母である慎蔵の娘登茂は、後にレースの出来栄えがよく皇后陛下より賞を頂戴している。
慎蔵や登茂が朝ドラの主人公と博覧会場のどこかでニアミスしていたのではと考えるとドラマもより楽しめるかもしれない。