摂州川辺郡小濱村の桜

今日は桜日和。 今の場所に居住して12年にはなるが、歩いて15分ほどの土手沿にある桜の存在を知らなかった。全て染井吉野で、手入れの様子から地区の皆さんが手塩にかけて育て大事にしてきたのが分る。小さな川の土手に植樹し、桜のトンネルになるように工夫がしてあり、また枝が土手の両側へ、下のほうへと伸び、見事というほかない。
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緒方洪庵適塾を開塾の後、西洋から伝来してきた種痘(天然痘予防)を広めるが、幕末の小濱村でも種痘が行われていた。種痘を施すには種痘館の免許証が要るが、免許証を与えられた蘭医億川信哉は百記の息子ではないだろうか。適塾姓名録には名はない。 洪庵の妻八重はこの小濱村から街道沿いに西へ二里ほど離れた摂州有馬郡名塩村で開業していた先輩蘭医、億川百記の娘。百記は洪庵とは中天游の塾「思々斎塾」での同門で兄弟子にあたる。 ちなみに、幕末の頃、この名塩には蘭学塾があった。適塾出身の英才伊藤慎蔵は、八重の世話で名塩の出身の娘と結婚するが、妻の病気療養のため名塩に移り住み、八重の父億川百記等の援助で開塾し明治初年までの7年間蘭学塾を開いていた。 小濱、名塩のこの辺りは幕末の雰囲気が色濃くあり、これからの研究課題にしようと思っている。 「 人気blogランキング 」  に参加しました。よろしければ押してくださいませ。
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