摂海と摩耶山

先日帆船あこがれで四国一周を目指し、大阪を出港、明石海峡から瀬戸内の島々を縫って、足摺岬室戸岬から紀伊水道友ヶ島水道を抜けて大阪に戻ってきた。 航海した海域は、古来、様々な出来事があった場所であり、幕末時でも明治維新までの間に色々な事件があった。 中でも、摂海と呼ばれた大阪湾を巡っては、京都に近いことから、数々の問題が出来した。 特にペリー来航の翌年、ロシアのプチャーチン天保山沖に投錨した事件があって以来は、京都への入り口に当たるため対外的に重要な防御海域として再認識された。 その摂海と外海との出入り口で、しかも狭隘な場所でもある友ヶ島水道は、江戸湾の出入り口の浦賀水道と同じく、防御上最重要な場所となっていく。
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摂海防衛で重要なこの海域の入り口である友ヶ島水道と明石海峡の二か所を同時に見れる場所は幾つかある。 あこがれでの航海では、大阪南港出航時に神戸に向かうときの間、また友ヶ島水道を抜け大阪湾に入り関空沖で停泊するまでの間に、海上から両所を同時に見る機会があった。 昨日は、陸から両所が見えないかと、神戸六甲山系のひとつ摩耶山に登ってきた。
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但し今回は足で登らず、ケーブルカーとロープウェイを乗り継いで星の駅で降り、展望台(標高690m)に立った。残念ながら、快晴ではなく煙ってもいるため、遠くの見通しは利かない。 方向からすると友ヶ島は見えそうだが、明石海峡は目の前の山が邪魔をして、この展望台からは見えないようだ。 須磨方面、その先に友ヶ島が見えるはずだが・・・
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沖に神戸空港。その先に関西空港がある
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右にポートアイランド、左に六甲アイランド、その先は和泉大津
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大阪南港方面
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西宮、梅田方面
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展望台は、今は掬星台と呼ばれている。手で掬えるほどの星に出会えるというのがその由来。この掬星台からの夜景は、函館山山頂、長崎・稲佐山山頂とともに「日本三大夜景」に数えられている。 小生が関心のある人物に、幕末の傑物の一人小笠原長行がいる。 文久3年(1863)1月3日に、将軍徳川家茂の上洛に先だち入京していた老中格小笠原長行は、摩耶山が摂海を一望できる山であるとして、摂海防備の視察のために山頂(標高702m)に150名の役人を引き連れて登った。今では山頂一帯は樹木に阻まれ展望は望めないが、大阪湾と友ヶ島水道から明石海峡まで望めたはずである。 おそらく写真にある古道を登ったに違いない
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古道は山頂へも続いている
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長行は、摩耶山頂に立って、和泉八カ国をも一望できるこの地を八州嶺と名付けた。 八カ国とは、紀伊、河内、和泉、摂津、播磨、淡路、丹波、但馬の八国。 掬星台の公園には、命名を記念し「八州嶺」と刻んだ石碑が置かれている。この石碑は山頂で採掘された石で1983年に建てられた
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日付から長行が視察した時の絵図とは異なるが、早稲田大学図書館に保存されている、「文久3年4月26日 於摩耶山々上模写真景」との書き込みがある摂海俯瞰図。右上に友ヶ島と淡路島と友ヶ島水道が描かれている。和田岬は描かれていて明石海峡までは描かれていないが、直接外洋と接する処として友ヶ島水道だけを描かれているようだ。
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長行は、肥前唐津の出身で、幼時より明敏をもって知られた。文久2年(1862)より奏者番、継いで若年寄を経て老中格に昇り、幕府の中枢を担った。 翌年摩耶山に登った後、将軍より先に帰府し、外国との戦争につながる攘夷は不可能と知って、生麦事件の解決に当たる。反対派を退けて、英国への賠償金支払いを決めて攘夷派を怒らせる。 その後すぐに、開港場の閉鎖という政策が非現実的として、朝廷の論議を常識に戻すべく、幕府歩兵・騎兵1,600を5隻の船に乗せ、友ヶ島水道を通り5月30日に大坂に現れる。一挙に朝廷の大勢をくつがえし、京都で動けなくなっていた家茂を江戸に連れ戻そうとした。但し在京の幕閣の制止によりこの入京クーデターは失敗する。 第二次幕長戦争時には小倉城に拠ったが、長州藩軍に押されて家茂の急死を契機に遁走した。 その逃走経路は、長崎から船で薩摩沖にでて、四国沖から友ヶ島水道を通り、家茂のいた大坂に戻ってくる。 徹底抗戦派の長行は、戊辰戦争では棚倉、会津、仙台を転戦する。函館戦争が終わったとき、行方をくらましたがのちに自首し、赦された後は一切世に出ず、明治24年(1891)七十歳にて死去した。 長行が摩耶山に登った文久3年1月3日は、西暦では1863年2月20日。 今回は晴れだが煙っていて見晴らしがよくなかったため、次はよく晴れて空気の澄んだ日を選び、摩耶古道を登って長行の見た摂海を見て来ようと思う。 「 人気blogランキング 」  に参加しました。よろしければ押してくださいませ。
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