西郷の硯

ある硯が気になっている。 三吉慎蔵が西郷吉之助に贈った赤間関硯で、今は酒田の荘内南洲会が所蔵している。
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月に波上のうさぎが刻されている。よく使われた跡がみてとれる。
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慎蔵が西郷に贈ったことは記録が残っている。 『三吉慎蔵日記』に、 「(慶応2年3月)七日夜馬関ヘ着ス。直ニ通船ニテ拙者ハ上陸シ鶏其他赤間関硯等ヲ購シ、西郷ヲ始メ諸氏ヘ離別ノ寸志トシテ船ニ持参ス。間ナク出船、因テ厚謝シテ別ル。又タ坂本ヘハ他日馬関ニ来ルコトヲ約ス。夫レヨリ拙者揚陸シ、常宮屋六左衛門方ヘ暫時休息ノ内、伊藤九三来訪ス。夜半長府マデ通船ヲ雇ヒ帰ル。」 慶應2年(1866)1月23日夜半、寺田屋にて伏見奉行所捕り方からからくも逃れた坂本龍馬と慎蔵は、薩摩の伏見藩邸、京都藩邸にしばらく匿われる。 3月5日に薩摩藩三邦丸にて、小松帯刀桂久武西郷隆盛坂本龍馬達が薩摩に向かう途中、馬関で着船したときに、慎蔵は下船し、世話になったお礼の餞別として4人に四様別々の赤間関硯を贈った。 4枚の硯のうち、西郷に贈ったこの硯だけが現在確認できている。 この元西郷所蔵の硯は、以前は、西郷が沖永良部島に流されたときに親切に世話になった間切横目(警備の役人)である土持政照が持っていた。          土持政照の家の写真
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土持政照は、西郷が罪人として沖永良部島に流された時、牢屋生活での命の恩人と感じ義兄弟の約を結ぶほど篤く西郷を助けた。その後も交流の続いていた土持が、慶應3年に反物を西郷に贈る。その御礼として、西郷は翌慶應4年3月18日に、自分の袴、短刀、江戸開城の会談のとき海舟の鉄扇等とともにこの赤間関硯も一緒に贈ったのだった。 ところで、時代が進み昭和50年(1975)、酒田市に財団法人荘内南洲会が設立され、翌51年に酒田市飯盛山下に南洲神社が創建された。 ちょうどこの頃の昭和50年代初めに土持家の御子孫が沖永良部島から九州へ出て来るときに、史料を整理し奄美大島出身の古物商に売却しようとしたことがあった。鹿児島大学なども買い手として手を挙げたようだが、ばらばらに売却される前に、庄内南洲会の先代理事長が古本屋のネットワークから売却の話をいち早く聞き及ぶ。そしてその一部をまとめて買上げたが、赤間関の硯はその中に入っていた。 西郷がこの硯を土持政照に贈った時には、桐野作人氏のご教示によれば、伏見遭難の時の記念として長府藩士・三吉慎蔵から貰ったものであると書き添えた、3月18日付け書簡がついていた。「先年長府の人、京都において難に逢い候節、相救い候処、一礼として相送り呉れ候」 実はこの書簡を見たいと思っているのだが、現物はまだ見つけることができないでいる。古物商に売却した時に、硯とは分けられ残念ながら今は行方が分からない。どこに眠っているのだろうか? この赤間関硯は、戊辰戦争の折に西郷が東征に携行する。 慶應4年3月15日の江戸無血開城の時もその手許にあり、その直後の18日に沖永良部島の土持に贈られたらしい。 江戸無血開城の交渉は、 第1回交渉が予備的な会談で3月13日に高輪の薩摩藩屋敷にて行われ、翌日の会談場所を決めて分かれる。 そして、翌14日、海舟以下徳川家側は約束の田町の薩摩藩蔵屋敷に赴く。 このとき、まだ西郷は到着しておらず、海舟は西郷に蔵屋敷に着いたことを書簡に認める。 書簡を読んだ西郷は、早速向かうので待っていただきたいと海舟に返事を出す。     海舟宛て西郷書簡(江戸東京博物館所蔵)
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  尊翰拝誦仕候、陳ハ   唯今田丁迄御来駕   被成下候段、為御知被下、   早速罷出候様可仕候間、        何卒御待居被下度、此旨    御頼迄如此御坐候、頓首     三月十四日   〆   安房守様    西郷吉之助       拝復 この書簡は文面から、3月14日の第2回会談が田町の蔵屋敷で行われたことを証する書簡でもある。 ところで、 海舟は、西郷が西南の役を起こし城山で自刃した翌年の明治11年(1878)に、『亡友帖』を発刊している。この『亡友帖』の中に、第2回目の会談の前に、西郷から受け取ったこの書簡を収録している。     『亡友帖』に掲載の西郷書簡
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このことは海舟にとって、江戸開城を無血で行うことになる西郷との会談がいかに大きな事績だったのかを物語ってもおり、また逆賊となった西郷について改めて世間に向けてその功績を示し顕彰している、と僕には思えてくる。 そして、荘内南洲会が所蔵するこの硯を、西郷が慶應4年3月18日に土持に贈ったとなると、西郷にとって上記書簡を書いたときが三吉慎蔵が贈った硯を使った最後になるのかもしれない。 「 人気blogランキング 」  に参加しました。よろしければ押してくださいませ。
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