長府藩士三吉慎蔵の妻

伊予70歳ころ 一昨日は、三吉慎蔵の妻伊予の祥月命日伊予は長府藩士・正村喜三郎の三女で、明治44年(1911)1月に没している。享年71才。慎蔵は小坂(おさか)土佐九郎の次男で、安政4年(1856)3月に三吉十蔵の養嗣子となる。その翌安政5年1月23日に、…

TV放送(ロマン?)と史実 その2

「坂本龍馬暗殺実況中継」の中の大政奉還について 放映では最初、聖徳記念絵画館の壁画の、邨田丹陵筆になる「大政奉還図」を掲示して、この絵図は勘違いだと指摘する場面がある。 曰く、「二条城の大広間で各藩重臣に大政奉還を表明した場面であるが、ここ…

TV放送(ロマン?)と史実

先日、「カメラを止めるな!」のTV放送を拝見したので。 その映画の中での監督役の俳優が「三吉慎蔵」役で登場している2019年正月放送の「坂本龍馬暗殺の実況中継」の録画をあらためて観てみた。

2023年の予定

明けましておめでとうございます。 昨年も遠出はしませんでしたが、良き出会いがあり多くの知人ができ喜んでいます。 今年もよろしくお願いいたします。 早いもので、今年は趣味の世界に入り14年目になります。

今年の十大ニュース

もうすぐ今年も終わります。大晦日はいい天気ですね。 この1年、ありがとうございました。 SNSだけでの知り合いで実際にはお目にかかっていない方もおられますが、いつかどこかでお目にかかりましょう。 今年も遠隔地への遠出はなるべく控え、自治会など…

ある集合写真の人物特定

僕の母方の河島家に、左端が焼けた一葉の写真がある。 太平洋戦争のあと、河島家が類焼で火事になったときに焼け場から出てきた数葉の写真のひとつだ。何かの記念の集合写真と思われ、僕には顔が分からない先祖が写っているはずなので、資料をもとに人物の特…

木星とその衛星

関西地方では、今の時期、東の空に木星とその4つの衛星が見える 眼のいい人ははっきりと衛星まで確認できる。 まずは木星、高速で自転している。 木星と衛星は以下の通り、右上から、カリスト、エウロパ、木星、イオ、ガニメデと、ほぼ一直線に並んでいる。…

毛利家書状 原本初確認

貴重な史料が発見された。 戦国時代、中国地方を治めていた毛利家が「中国攻め」の際に家臣の湯原春綱に宛てた書状など200点以上の書状の原本で、 書状は、1560年代から1580年代にかけて、毛利元就をはじめ、毛利輝元や吉川元春などが送ったものとのこと。 1…

北越戊辰戦争史跡巡り 長岡

二日目の7/17は、小千谷に続き、長岡の河井継之助関係の史跡巡りで、以下の順に廻ってきました。 (長岡) 長岡駅-->河井継之助宅跡・記念館-->山本五十六記念館-->栄涼寺 思いのほか小千谷の史跡巡りで時間を取ったため、長岡で巡った史跡は少ない。 ・河井…

北越戊辰戦争史跡巡り 小千谷

新潟史跡巡り その2 小千谷 二日目の7/17は、小千谷と長岡の主に河井継之助関係の史跡巡りで、小千谷は以下の順に廻ってきました。 小千谷駅-->慈眼寺-->船岡西軍墓地-->割烹東忠-->小千谷陣屋跡、 小千谷では朝日山に登り戦場跡を確認したかったが、調査に…

北越戊辰戦争史跡巡り 新潟市内

7/16夜に新潟市内にて友人達との会合があり、折角なので7/16午後と、7/17半日をかけ北越戦争の史跡巡りをしてきました。 じっくり廻ると3泊は要るような気がしますが、1泊だけの駆け足の史跡巡りです。 僕は基本的に地勢や距離感も把握するためすべて足で…

僕と安倍晋三夫妻との関わり

誰にも先祖がいる。 いなければ今の自分はいない。 幕末の頃であれば高祖父母の時代であり、4代前になるので2の4乗、16人いることになる。 その16人の中には、僕の場合、旧長府毛利家に仕えた小坂(おさか)家、三吉家の人々がいる。 長府毛利家での家系…

開陽丸の再潜水調査

6/13北海道新聞によると、 江差町は、慶應4年に座礁沈没した旧幕府軍の軍艦「開陽丸」を10年ぶり潜水調査する方針とのこと。 江差町教育委員会は7月末から潜水調査を行い保全方法を検討する計画だ。 今現在は、江差港付近の海底に沈む旧幕府軍の軍艦「開陽…

生野義挙数日間の北垣晋太郎の行動

生野義挙を記録したものとして、地元但馬から参加した小山六郎が書き残した「但馬義挙実記」がある。 六郎が生野義挙を追懐し義挙の真相を記した貴重な資料で、覚書には義挙の参謀に任じられた木曽源太郎(旭健)が注釈を加筆しており、『維新日乗纂輯 二 』…

幕臣一家

5月15日は、154年前の慶應4年に上野にて戦争のあった日になる。 この日、幕臣の高祖父・河島由路は16歳の長男由之と一緒に彰義隊に参加して黒門口で戦い戦死している。 したがって旧暦の5月15日前後に行われる彰義隊慰霊祭は、僕にとっては高祖父の河島由路…

八・一八の政変と三吉慎蔵

攘夷の期限が文久3年5月10日と決まったが、5月10日の攘夷期限には長州のみが攘夷を行い他には同調する藩がなかった。 下関海峡を挟んだ小倉藩も砲撃に協力せず、両岸からの砲撃が成立しないため、砲弾が届かず外国船に決定的なダメージを与えられない。 従っ…

祖父の恋

2015年のことだ。 信州上田にて郷土関係の本を求めて書店に入ったのだが、岩波文庫の赤帯、シュトルム作の短編「みずうみ」に目がとまり買っていた。 この本を僕は47年ぶりに手にしたのだった。 47年前、81歳の祖父は病床に臥していた。 見舞いに行っ…

「文楽座」命名150年法要

昨日3/1、大阪の夕陽丘の円成院にて初代植村文楽軒、四代植村文楽軒(文楽翁)など代々の植村文楽軒の法要が執り行われ参列させていただいた。 文楽協会、人形浄瑠璃文楽座、国立文楽劇場の立派な花が供えられ、 中央には右から、植村家先祖代々之霊位、初代…

「わげもん 長崎通訳異聞」の2回目

僕にとってはなかなか示唆に富む内容だった。 内容は史実を踏まえながらも、もちろん架空の人物や架空のお話でドラマは進む。 残念ながら今の出島には今村家や楢林家の先祖が勤めていたオランダ通詞部屋は復元されていないが、今回のドラマではそのオランダ…

「わげもん 長崎通訳異聞」

面白いドラマが始まった 「わげもん 長崎通訳異聞」 第一話を拝見したが時代設定がよい。 時代は幕末に入る数年前の嘉永2年3月25日(1849年4月17日)のアメリカ軍艦プレブル号が長崎に入港する直前から始まる。 ドラマではペリー来航時に活躍する森山栄之助…

箱根駅伝に見る幕末史跡

毎年駅伝を拝見して、放映される映像で確かめていることがある。 それは、 徳川家の菩提寺増上寺と、海舟西郷が会談した薩摩藩蔵屋敷跡。 増上寺の山門前をランナーが走るときは必ず東京タワーと増上寺を入れてヘリコプターから映す。 徳川家茂が眠る墓所が…

2022年の予定

明けましておめでとうございます。 久しぶりのblog投稿で、しかも年も明けだいぶ日も経っています。 歴史探訪については、いつもであれば東京へ10回、その他日本各地に同じ頻度で出かけていたのですが、 昨年もコロナ禍で自粛の1年に終わりました。 その中…

東京を整備した山尾庸三

東京築地にある「訓盲院発祥の地」碑からの連想。 明治になってから洋風の建造物が作られていくが、初期の建築には幕末に活躍した人物の名がよく出てくる。 訓盲院の建築は、お雇い英人のジョサイア・コンドルの設計になるが、以下の経過をたどった。 明治8…

三吉慎蔵についての間違い

最近、三吉慎蔵についての投稿をよく目にします。 先日も、 「江戸時代、幕末の日本で坂本龍馬を護衛した凄腕の槍術使い『三吉慎蔵』とは」との題で、Japaaanマガジンの記事を眼にしました。 Japaaanマガジンの幕末関係記事はあまりにも誤りが多いので読まな…

いろは丸事件

三吉慎蔵宛ての長府藩士・印藤聿の書簡がある。 「坂本先生が今朝、下関に帰ってきたそうです。 夕刻までには出帆し、上方へ登るとのこと、伊藤九三より申してきました。 龍馬のために大小(本差と脇差)を送るよう伝言がありました。 伊藤からの使いに持た…

戊辰戦争と多田郷士

多田郷士のいる兵庫県川西市の多田庄は源氏の発祥の地であり、僕の住んでいる宝塚から近い。祭神 祭神は清和天皇の曾孫源満仲、頼光、頼信、頼義、義家の五公。すなわち源氏の祖廟であり、源氏の発祥の地 ドラマ「銀一貫」で北摂津の寒天が有名になったが、…

ディアナ号は帆船のはずだが

だいぶ前になるが、京都維新を語る会の会合にて面白い史料を見せていただいた。 プチャーチンが嘉永6年(1853)7月に長崎に来航したときの絵がある。そこには、4隻の船と幕府役人やロシア使節が描かれている。 船の1隻はパルラーダ号で、ディアナ号と同型の…

吉村昭の『史実を歩く』

吉村昭の『史実を歩く』を繙き、「日本最初の英語教師」と「桜田門外ノ変」余話を読んだ。 『史実を歩く』には、小説を執筆するにあたっての自身の綿密な調査についての記述がある。 知らないことが実に多く書かれている。 「日本最初の英語教師」には、ラナ…

面白写真

古写真を拝見すると、当時の撮影方法が分かる場合がある。 ダゲレオタイプの写真は鏡と同じ写り方なので、 左右逆に映ることから撮影前に刀を右に差すなど十分準備をするのだけれど、写真の出来上がりの姿を考えていないケースが時々ある。 1枚目は、撮影準…

三吉慎蔵と江川塾

長府藩士三吉慎蔵は、幕末に2回江戸へ下っている。 その最初は、安政5年(1857)。 藩主毛利元周の参勤交代の先着として3月17日に江戸入りした。 そして翌年江戸を離れるまでは様々な事件が起きている。まだ政局の中心は江戸だった。 4月23日に井伊直弼が大老…